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「困ったやつ」の向こう側に見えるもの ~『ウェルテル!』~

横山義志(SPAC文芸部・海外招聘担当)

ゲーテの『若きウェルテルの悩み』は、あらすじだけ聞くと「ひどい話だな」と思うかもしれません。ウェルテルが一目惚れした女性ロッテにはフィアンセがいて、結婚しようとする二人を見ているのがつらくなり、町を出て行きます。二人が結婚しても思い切れず、町に戻ってきて、ふたたびロッテのもとに通うようになり、うまく行かないのが分かると、ロッテに遺書を残して自殺してしまいます。相当困ったやつですよね。この話はゲーテ自身の体験をもとにしていて、ロッテ(「シャルロッテ」の愛称)というのも、ゲーテが実際に恋をしていた相手の名前です。でも実はゲーテはそのあと別の人妻に恋をしていて、「ロッテ」にこの別の女性のイメージが重ねられたりもしています。モデルにされた人たちはどう思ったんでしょうね…。

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実際、この小説が匿名で発表された当時も、けっこう批判はあったらしいですが、それ以上に、これに熱狂する若い男女があとを絶たず、ウェルテルのように自殺してしまう若者もいました。それまでヨーロッパの他の国でドイツの文学に興味を持つ人は多くなかったのですが、この作品はヨーロッパ中でベストセラーとなりました。さらに日本でも、20以上の翻訳が出たくらい、よく読まれてきました。そういえば、某お菓子メーカーの社名も、このヒロインの愛称から来ています。「お口の恋人」というキャッチフレーズを聞けば、きっと多くの人がウェルテルがキスする場面を思い浮かべたのでしょう。なんでこんなにひどい話がこんなに世界中で有名になったんでしょうね。

それを理解するには、ゲーテが生きた社会がいかに窮屈なものだったのかを想像する必要があるのでしょう。階級に縛られ、家族制度に縛られ、古いしきたりに縛られ、個人の気持ちや意志が十分に尊重されない社会。そのなかで、人を好きになる自由だけは誰にも奪えない、というウェルテルの考え方が、多くの人の心に響いたのでしょう。同じ18世紀に、日本では近松門左衛門が、やはり当時の社会では許容されなかった恋愛を心中物として描いて、それに影響を受けた若者たちが実際に心中してしまい、社会問題になったりしています。どちらも、窮屈な封建社会に嫌気がさしてきた人々の気持ちをリアルに表現したから、これだけの影響力を持ったのでしょう。そんな風に小説やお芝居がきっかけになったとしても、少なからぬ若者が自ら命を絶ってしまうとすれば、それは社会にも問題があるということですよね。芸術や芸能には、ふだん自分たちがなんとか受け入れている道徳というものそれ自体を問い直すことで、より風通しのいい社会へと目を開かせてくれる機能もあるのでしょう。

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『ウェルテル』は書簡体小説という形式で書かれています。登場人物たちが書いた手紙をそのまま本にしました、という形式なのですが、18世紀のヨーロッパではとても流行していました。それまでの、もっと「文学的」な小説と違って、書簡体にすると、ふだんの生活で使っている言葉に近い言葉で書けるからです。『ウェルテル』が大ヒットしたのも、ちょっと深い内容が、すごく生々しい言葉で書かれていたためでもあります。

ここ数十年で、手紙を書く習慣はだいぶ失われてしまいましたが、そのかわり、一日中メールやSNSでやりとりしたり、Skypeなどで遠くの人と顔を見ながら話ができるようにもなりました。今回の『ウェルテル!』には、原作を同時代の人が読んだときに感じたであろう生々しさを客席でも体感してもらえる仕掛けがいろいろあります。今読むと「おいおい!」と思うあたりをつっこむ舞台ならではの仕掛けも。

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ウェルテルの演出家ニコラス・シュテーマンと俳優フィリップ・ホーホマイアーのコンビは、2014年にも『ファウスト 第一部』でこの演劇祭に参加してくれました。『ファウスト』を見た方は、やたらと上半身裸になってファウスト博士を誘惑する悪魔メフィストを演じたフィリップを憶えているでしょう。

『ファウスト 第一部』
http://spac.or.jp/f14faust.html

シュテーマンは今のドイツを代表する演出家の一人ですが、『ファウスト』を見たときには、演出がどうのというよりも、とにかく役者がすごいなぁ、と思いました。でも今にして思うと、とにかく俳優の魅力を引き出すのがうまい演出家なんでしょうね。フィリップの話によると、俳優が出してくるアイディアを「それいいねぇ!」とどんどん取り入れて、役者をのせていって、何もない舞台の上に、俳優と音楽の力だけで一つの世界を創りあげていくのがうまいんですね。『ウェルテル!』は、まさにそんな感じの舞台です。フィリップにとっても、この舞台は最大のヒット作の一つで、もう20年近くにわたって、1000回以上も上演しつづけています。それだけ必要とされているのは、今の時代にも、ウェルテルのように自分が生きている社会を息苦しく感じている人、「やってらんねーよ!」と思っている人が少なくないからでしょう。ロックに乗せてウェルテルになっていくフィリップに自分の苦い恋の思い出を重ね合わせてみれば、もっと風通しのいい社会が見えてくるかもしれません。

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ウェルテル!
演出:ニコラス・シュテーマン、出演:フィリップ・ホーホマイアー
原作:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
4月28日(金)19:00開演、4月29日(土)16:30開演、4月30日(日)15:30開演
静岡芸術劇場
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