© Richard JEFFERSON
ジャンル/国名 | 演劇/オーストラリア |
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公演日時 | 4/29(金・祝)13:30、4/30(土)13:00、5/1(日)18:30 |
会場 | 舞台芸術公園 稽古場棟「BOXシアター」(全席自由) |
上演時間 | 50分 |
作・出演 | ティム・ワッツ、アリエル・グレイ、クリス・アイザックス |
構成や演出、出演、人形操作など、すべてを自分で行うマルチ・パフォーマーとして知られるティム・ワッツ。母国オーストラリアに収まりきらない才能の持ち主として注目され、その作品はエディンバラ演劇祭をはじめ国内外で高い評価を得ている。「ふじのくに⇄せかい演劇祭2012」で上演された『アルヴィン・スプートニクの深海探検』では、アニメーションや指人形、ウクレレ演奏などに本人の演技も織り交ぜた驚異のソロパフォーマンスで観客を魅了。絶賛の声を集めたあの不思議な世界が還ってくる!今回の新作では、ティム・ワッツ、アリエル・グレイ、クリス・アイザックスという三名のクリエイターが才能を集結させ、さらに斬新な仕掛けで観客を驚かせるだろう。
住み慣れた家を離れ、見知らぬ男に追われながらの大冒険に旅立つひとりの老人…。周りの人間からは理解されにくい、認知症による心のさまよいを、セリフなしに、俳優の演技や人形、仮面、アニメーションなどを駆使して切なく幻想的に、時にユーモラスに描く。親族の中にいる認知症研究者の助けも借りながら、患者たちが空想している世界を具現化した点も意義深い。エンタテインメントでありながら、超高齢化社会に突入した日本をはじめ世界が直面せざるを得ない問題を、いびつな先入観なく演劇的手法によって提示するという、先進性を持った作品である。
ある老人が住み慣れた我が家を離れ、愛用のテントを持って荒野に旅立つことになった。どうやら指名手配をされ、見知らぬ怪しい男に追われているらしい。「このままでは捕まってしまう!」と、老人はひたすら逃げる。しかし逃れることが出来るのだろうか…?かつてない孤独な大冒険が始まった!
ティム・ワッツ Tim WATTS
パフォーマーであり、舞台美術、演出、プロデュース、人形遣い、アニメーション製作など、多彩なジャンルでその才能を発揮し、国内外で多数の受賞経験を持つ。また、世界各地でワークショップに参加(アデレード、メルボルン、ブリスベン、北京、上海、プラハ、モントリオール、オタワ、トロント、ロンドン、カリフォルニア、ニューヨーク)。
「ふじのくに⇄せかい演劇祭2012」などで公演した『アルヴィン・スプートニクの深海探検』日本ツアーでは各地で好評を博した。
アリエル・グレイ Arielle GRAY
2005年にコンテンポラリー・パフォーマンスで学士取得。パフォーマーやクリエイターとして活動しながら、人形遣い、即興芝居、声優の分野でも活躍。『アルヴィン・スプートニクの深海探検』のクリエイションにも携わる。多くの舞台に出演しており、アデレード・フリンジ・フェスティバルでは最優秀女優賞にノミネートされた。
クリス・アイザックス Chris ISAACS
パフォーマー、脚本家、演出家、クリエイターであり、作曲や照明デザイン、舞台監督などもこなす。『アルヴィン・スプートニクの深海探検』のクリエイションに携わり、テクニカルマネージャーとしてツアーに同行。近年受賞した数々の作品においても脚本を務めている。
◎各回、開演25分前よりプレトークを開催
◎4/29(金・祝)・4/30(土)、終演後にアーティストトークを開催
作・演出:ティム・ワッツ、アリエル・グレイ、クリス・アイザックス
音楽:レイチェル・ディーズ
ツアーマネージャー:サラ・ネルソン
製作:ザ・ラスト・グレート・ハント
委嘱:パース・シアターカンパニー
助成:オーストラリア大使館
共同企画:金沢21世紀美術館、愛知県芸術劇場
<SPACスタッフ>
舞台監督:林哲也
舞台:守山真利恵、神谷俊貴
照明:小早川洋也、板谷航
音響:原田忍、青木亮介(株式会社アス)、清水慧
ワードローブ:大岡舞、川合玲子
通訳:佐藤聖、鈴木万里奈
制作:尾形麻悠子、佐藤亮太
技術監督:村松厚志
照明統括:樋口正幸
音響統括:加藤久直
支援:平成28年度文化庁劇場・音楽堂等活性化事業
◎金沢公演(全3回):2016年5月4日(水・祝)、5日(木・祝)金沢21世紀美術館 シアター21
◎愛知公演(全4回):2016年5月7日(土)、8日(日)愛知県芸術劇場 小ホール
六車由実
私は、高齢者のデイサービスの管理者をしている。先日、そこの利用者さんで、認知症の症状のある芳雄さんが行方不明になった。
彼はその日はお休みだったが、午後3時頃に家を出ていったきり、5時を過ぎても帰ってこない、と老老介護をしている奥さんがデイサービスに駆け込んできた。奥さんによると、最近は犬の散歩くらいしか外に出歩くことはなく、その日も何も言わずにスーッと出ていったから犬の散歩かと思ったら、気づくと犬は家にいて、近所を探してみたけれど見つからないという。「本当にスーッと出ていったの。あの時おかしいって思えばよかったんだけど…」奥さんは動揺し、自分を責めていた。隣町に住む子供たちも、ご近所さんたちも思い当たるところを探していた。警察にも連絡し、私たちも手分けをして探してみたが、芳雄さんは一向に見つからない。
夜のとばりが下り、寒さも増してきた。このまま見つからなかったらどうしよう…。みんなの顔に焦りの色が見えてきた頃、芳雄さんから電話があったと家族から連絡が入った。「今、山王さんにいるから」と。公衆電話からだったらしく、そう言ったきり電話はプツリと切れたという。「山王さん」とは、沼津市山王台の日枝神社のことで、芳雄さんの自宅からは2キロ半ほど離れたところにある。ひとまず無事であることがわかってホッとし、すぐに車で駆けつけたが、芳雄さんは山王さんの境内にもその周辺にもどこにもいない。「芳雄さーん!」大きな声で呼びながら探しているうちに、今度は、「今、平町にいる」と電話があったと連絡を受ける。すぐに車に飛び乗り、平町へ。電話をかけてきたであろう公衆電話の近くにも、その道沿いにも芳雄さんは見つからなかった。私たちは、狐につままれたような気持ちになりながらも、疲れてどこかでうずくまっているんじゃないかと、路地裏までくまなく探し回った。でも、山王さんの神隠しにあったのではないかと思うほど、芳雄さんは影も形もなく、その残り香さえ消えていた。
諦めかけた時、芳雄さんが家に無事に帰ってきたという連絡が入った。私たちは胸をなでおろし、自宅へ戻ると、芳雄さんは飄々としていた。「ただ何となく歩きたくなって、ちょっとそこまでと思って家を出て、スーパーか何か店があったら、せっかくだから風呂場の石鹸でも買って帰ろうと思っただけなんだよなぁ」芳雄さんは頭を掻いた。芳雄さんの手に提げたコンビニの袋の中には、確かに牛乳石鹸が一つ入っていた。「4時間もかけて石鹸ひとつ買ってきたの?」と誰かが皮肉った。「そんなにかかってないと思うけどなぁ」と芳雄さんは首を傾げて言った。私は、芳雄さんが見つかった安堵感もあってか、その光景を夢見心地に見ていた。そう、すべて夢だったのかもしれない。芳雄さんの夢の中でみんなが彷徨った不思議な時間はようやく終わった。
芳雄さんは道に迷ったわけでも、困って助けを求めていたわけでもなかった。電話をしてきたのは、暗くなってきたから奥さんが心配するんじゃないか、という彼なりの配慮だった。ただ、あの時、芳雄さんの体の中では、浦島太郎のように時間が止まっていたか、もしくはものすごくゆっくりと流れていたのだと思う。だから4時間の「散歩」も、芳雄さんにとっては「ちょっとそこまで」だったのだ。
認知症の人の生きる世界では、こんなふうに時間の流れ方が私たちの生きる世界とは全く異なったり、空間をぴょんと一気に飛び越えたりすることがよくある。あるいは、私たちには見えないものが見えたり、物に命が宿り動いたり、しゃべったりすることもある。それを「徘徊」とか「妄想」「幻覚」とか言って問題視するだけではもったいない、と私は日頃から思っている。
『徘徊タクシー』という傑作小説を書いていて、躁鬱病(双極性障害)であることを公表している坂口恭平は、自らの経験への深い洞察から、目の前にある現実だけが世界の全てではなく、現実は無数に存在する、と言っている。だから、時空を飛び越え、混沌と混ざり合うような認知症の人たちの生きる世界もひとつの現実であり、それは時間や空間の枠組みに縛られている自分たちの世界よりもより豊かで自由なのではないか、というのである(『現実脱出論』)。
本作『It’s Dark Outside おうちにかえろう』は、時空を飛び越え、混沌と混ざり合う認知症の人の生きる世界の豊かさと自由さを見事に描いている。それは、ファンタジックであり、時にユーモラスであり、そして限りなく愛しく、切ない。認知症の人に寄り添うとは、こんなふうに想像力をたくましくして、その人の世界を共にし、楽しむことなのではないか。才能豊かな若き演出家ティム・ワッツの試みに心から称賛を送りたい。
≪筆者プロフィール≫
六車 由実 MUGURUMA Yumi
1970年静岡県生まれ。デイサービスすまいるほーむの管理者・生活相談員であり、民俗研究者でもある。介護民俗学を提唱し、聞き書きを通して介護の現場をより豊かにする試みを続けている。著書に、『介護民俗学へようこそ!』『驚きの介護民俗学』。