ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ

© Luke YOUNGE

Program Information

ジャンル/国名 演劇/南アフリカ
公演日時 5/3(火・祝)13:00 5/4(水・祝)14:00
会場 静岡芸術劇場(全席指定)
上演時間 90分
上演言語/字幕 英語上演/日本語字幕
演出 ウィリアム・ケントリッジ
© Luke YOUNGE
© Luke YOUNGE
© Luke YOUNGE

作品について

戯画的なおかしみを誘いつつ、アパルトヘイトの闇を告発する問題作

南アフリカの人種隔離政策「アパルトヘイト」――。その歴史の闇を明らかにするため、罰を科さない替わりに旧体制の関係者から証言を引き出した「真実和解委員会」の様子を演劇化した。表現メディアを巧みに操るアーティストとして、世界の注目を集める南アフリカのウィリアム・ケントリッジによる演出は、モノクロームの手描きアニメーションや人形が戯画的なおかしみを誘いつつ、過酷な弾圧の実態を鋭く照射する。不条理劇の祖『ユビュ王』に登場する、粗暴で荒唐無稽な王が主人公に重ね合わされ、人間の普遍的な欺瞞(ぎまん)や暴力がむき出しになる。

現代アート界の巨匠ウィリアム・ケントリッジの舞台作品が日本初上陸!

木炭素描をコマ撮りにした「動くドローイング」と呼ばれるアニメーションで、現代アートにおける映像表現を牽引し続けるウィリアム・ケントリッジ。映画、写真、版画といった多彩なメディアを操り、社会や人間に対する深い洞察を詩情豊かに描写してきた。本作は、日本でも『War Horse~戦火の馬~』で大きな話題となった、南アフリカの人形劇団ハンドスプリング・パペット・カンパニーとの共同創作。巧みな人形操作で生命を吹き込まれたケルベロス風のトランクやワニのかばんなど、ユーモラスなキャラクターを駆使した演出と、アパルトヘイトに対する透徹した視線が溶け合い、その独自の世界をさらに深化させている。

あらすじ

アパルトヘイト政策の撤廃後、これまでの人権侵害を明らかにし、和解を実現するため、加害者・被害者双方から証言を集める「真実和解委員会」が開かれた。黒人の権利を迫害していた将校が、不条理演劇の祖ともいわれる『ユビュ王』になぞらえ描かれる。夫の証拠隠滅を知った妻がその悪事を先に世間に告発したため、しぶしぶ証言台に立つユビュ王。「嘘をつくと逃げていくマイク」に振り回されながらも、ユビュ王が語ったこととは…?

演出家プロフィール

© Marc SHOUL

ウィリアム・ケントリッジ William KENTRIDGE
1955年、南アフリカ共和国ヨハネスブルク生まれ。大学で政治学を学んだ後、パリのジャック・ルコック国際演劇学校で演劇を学ぶ。帰国後、テレビ、映画、演劇などの分野で俳優、演出家として活躍。80年代後半からは「動くドローイング」と呼ばれる素描をコマ撮りした手描きアニメーション・フィルムを発表し、美術家としての地位を確立。南アフリカの歴史と社会状況が色濃く反映された作風により、世界中から大きな注目を集める。日本では2009年京都国立近代美術館、10年東京国立近代美術館ほかで大規模な個展が開催された。同年第26回京都賞(思想・芸術部門)受賞。

劇団プロフィール

ハンドスプリング・パペット・カンパニー Handspring Puppet Company
1981年の創設、南アフリカのケープタウンを拠点に活動する人形劇団。国を代表する劇団として、30年に渡り人形劇の領域を拡張し続けてきた。ウィリアム・ケントリッジをはじめ革新的な演出家・アーティストと継続して作品を創作し、これまでに30以上の国で公演を行っている。ロンドンのロイヤル・ナショナル・シアターの製作で、日本でも2014年夏に上演された舞台『戦火の馬』にも、馬のパペットの制作・操作で参加した。本物の馬と見間違えるほどの精巧な動きと表情を持つ等身大のパペットは、多くの観客を驚愕させた。

関連企画

ハンドスプリング・パペット・カンパニーによる人形ワークショップ

日付 5月4日(水・祝)10:30~11:30(10:00受付開始)
会場 静岡芸術劇場
講師 ハンドスプリング・パペット・カンパニー
ワークショップ内容 講師によるレクチャーとデモンストレーションの後、人形の操作を体験していただきます。
参加費 500円
対象 中学生以上(人形劇の経験は問いません)
定員 30名 ※定員に達し次第、締め切らせていただきます。
お申し込み SPACチケットセンター(TEL.054-202-3399)※お電話/窓口のみでの受付となります。

トーク

◎各回、開演25分前よりプレトークを開催
◎5/4(水・祝)、終演後にアーティストトークを開催

注意事項

一部刺激の強い表現がありますので、小学生以下の方はご遠慮ください。

出演者/スタッフ

製作:ハンドスプリング・パペット・カンパニー
演出:ウィリアム・ケントリッジ
作:ジェーン・テイラー
共同演出:ヤニ・ユング
人形デザイン:エイドリアン・コーラー
人形制作助手:タウ・クエラネ
アニメーション:ウィリアム・ケントリッジ
アニメーション助手:タウ・クエラネ、スージー・ゲイブル
舞台デザイン:エイドリアン・コーラー、ウィリアム・ケントリッジ
衣裳デザイン:エイドリアン・コーラー
衣裳制作:フィリス・ミドレーン、スー・スティール
照明デザイン:ウェスレイ・フランス
音響デザイン:ウィルバート・シューベル
音楽:ウォリック・ソニー、ブレンダン・ジュリー
振付:ロビン・オーリン
アニメーション編集:キャサリン・メイバグ
真実和解委員会調査:アンジ・クロホ
映像調査:ガイル・バーマン

出演
ユビュ王:ダヴィド・ミナール
ユビュ王の妻:ブスィ・ゾクファ
人形遣い:ガブリエル・マーチャンド、マンディセリ・マセティ、モンギ・ムトンベニ

舞台監督:ブルース・コッホ
音響操作:サイモン・マホーニー
技術監督:ウェスレイ・フランス
製作協力:クワテルネール www.quaternaire.org
共同製作:エディンバラ国際フェスティバル(イギリス)、台北アートフェスティバル&台北市文化基金會(台湾)、マルセイユ・フェスティバル(フランス)、オナシスカルチャーセンター(ギリシャ)、カル・パフォーマンス バークレー(アメリカ)、ボザール・ブリュッセル(ベルギー)

支援:ナショナル・アーツ・フェスティバル(南アフリカ)
協賛:公益財団法人 稲盛財団 INAMORI FOUNDATIOM
後援:駐日南アフリカ共和国大使館

<SPACスタッフ>
舞台監督:内野彰子
舞台:降矢一美
照明:樋口正幸
音響:山﨑智美、清水慧、澤田百希乃
ワードローブ:大岡舞、高橋佳也子
通訳:コーリー・ターピン
字幕翻訳・操作:岸本佳子
制作:米山淳一、雪岡純
シアタークルー(ボランティア):池田理沙、遠藤明日香、鈴木瑠美子

技術監督:村松厚志
照明統括:樋口正幸
音響統括:加藤久直

支援: 平成28年度文化庁劇場・音楽堂等活性化事業 the Agency for Cultural Affairs, Government of Japan in the fiscal 2016

寄稿

演じられる「真実」を 切り裂く

溝口 昭子

 1994年に南アフリカのアパルトヘイト体制が終焉したとき、人種差別隔離政策を国是とする「白人の国」南アフリカが、すべての人種が平等に帰属する国民国家へと体制転換する過程で内戦は避けられないと考えた人は多かったと聞く。ところが南アは96年に真実和解委員会(TRC=Truth and Reconciliation Commission)、すなわち、公聴会でアパルトヘイト時代の圧政の被害者や遺族がその壮絶な体験を語り、加害者側は真実をすべて告白することで恩赦を得、国が被害者に補償を行うという驚くべき方法で、その暴力の連鎖を回避した。それだけではない。TRCは新しい南アフリカ人コミュニティをつくりあげる役割も果たしていた。ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』によれば、国民国家が成立するには、人々が「国民」として平等に帰属する共同体として国を「想像」できなければならない。もちろんその「想像」は教育やメディアを通して「国民意識」が等しく共有されてはじめて可能になるわけで、まさにその意味でTRCは「想像の共同体」構築に必要な物語をつくり分かち合う行為でもあったと言えるだろう。南ア全国で行われた公聴会で、これまで公にされることがなかった個人の苦しみがその母語で(通訳つきで)語られ、加害者の罪が告白され赦される様子は、テレビやラジオで放送され、公文書に記録され、国民があらたに記憶し共有する、多民族国家南アの「正しい歴史」の一部となっていったのだ。
 さて、現代映像芸術を牽引する南アのウィリアム・ケントリッジは、多彩なメディアを駆使したその数々の作品を通して、アパルトヘイトを冷徹に見据え、「歴史」や「個人のアイデンティティ」ですら権力が必要とする物語と無関係ではないものとして執拗に検証し続けてきた。その彼が自分のエッセイでいみじくもTRCを称して「劇場的」だと言うとき、私たちはTRCの「真実」の危うさに気づかされる。アパルトヘイト体制の支配者と被支配者が一夜にして「加害者」と「被害者」となり、公衆の面前で「加害と被害」の過去を物語るとき、彼らがその役割を「演じている」わけではないと果たして言い切れるだろうか。そして、体制維持の名目で行われた過去の殺戮を、一体誰が、どのような立場で、いかなる言語や形で語り/演じれば、個人そして国にとっての「真実の物語」になり得るのであろうか。 ケントリッジがアルフレッド・ジャリの不条理劇『ユビュ王』(1888)を下敷きに、ハンドスプリング・パペット・カンパニーとつくりあげた『ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ』では、そのような深い疑念が「真実」を縦横無尽に切り裂いてゆく。俳優の演技、人形の動き、映像、実際の記録で構成される劇のなかで、南アの「正統な真実」を語りうるのは、下着姿の白人男性が演じる権力者ユビュなのか、長衣をまとった黒人女性が演じる妻なのか、彼女の「声」が語るもう一つの物語、あるいは人形の「真実の証言」なのか。背後に映し出される夥しい数の死体の雄弁さはどうだろう。
 この劇が最初に上演されたのは97年、当然リアルタイムでTRCや新しい国家のあり方の矛盾を厳しく追求するものであったはずだ。主人公の名前「ユビュ(Ubu)」の綴りが、奇しくも当時TRCが赦しと和解を推進する概念として用いた南アフリカの言葉「ウブントゥ(Ubuntu)」(アフリカ的ヒューマニズムを意味する)と重なることで生まれる皮肉も痛烈だったに違いない。あれから約20年経った今、この劇は私たちが検証すべき不条理が実は身近にあることを教えてくれる。ユビュ夫妻が見せる共犯者的な親密さやユビュと部下たちの馴れ合いが生み出す卑俗な笑いは、体制下で営まれるごく普通の暮らしと国家的な暴力行為との淫靡な関係を浮き彫りにする。現在、国家を越えた力をもつ軍産複合体が、世界中で国民を貧窮化させ、あるいは一夜にして国家を崩壊させ「国民」を「難民」に変えてしまうなかで、その全てを正当化する物語が、洗脳装置と化したメディアによって私たちの日常の隅々に拡散されている。そう、私たちの日々の営みもまた、搾取と暴力に曝されつつそれを支え続けることと深く結びついているのだ。
 最後に、矛盾するようだが、演じられる真実の虚構性を暴くこの劇に「演じること」の可能性への希望を感じることがある。それは私たちが新たな自分を語り/演じるとき、予期せぬ気づきがもたらされる可能性、「日常」に抗い二度と戻れぬ道を自ら切り拓く可能性への、祈りにも似た、かすかな希望。

≪筆者プロフィール≫

溝口 昭子 MIZOGUCHI Akiko
東京女子大学准教授 専門はアフリカ英語文学。共著に『世界の英語を映画で学ぶ』(松拍社)、共編著に『<終わり>への遡行——ポストコロニアリズムの歴史と使命』(英宝社)などがある。

↑ Page Top
Event Schedule