メッセージ
ふじのくに⇄せかい演劇祭2024 に寄せて
「人は変わらない」と考える処世術がいま日本でひろまっています。「他者との関係に期待しない」という処世術ですね。
そのうえ昨今の世界情勢は 異なる価値観を持っていてもそれでも人間はわかりあえる という希望を人々から奪い、その結果人々はいよいよ、ほかの人との関係に興味を持つよりも自分の持ち物を大事にしてその範囲で楽しもうという傾向を持つようになり、「他者と出会うことで自分は成長する」と考える人は減ってしまったように感じます。
しかし世界をこれ以上悪くしないためには、いま目の前の現実から「人間はこの程度のものだ」と見限ってしまうのではなく、現実を冷静に観察しつつどこかに希望を見いだせるはずだと探し続けることが必要なのではないでしょうか。舞台芸術は、「他者と出会うことで自分は成長する」という(シニカルな人からは「頭の中がお花畑」と言われそうな)理想が、しかしいまなお、本当に起きるのだと実感させてくれるジャンルです。舞台芸術は、いうなれば「地に足の付いた夢」なのです。
今年のせかい演劇祭は、ようやく、コロナ禍前と同じ状況での開催になったと思います。そして日本はライブエンターテイメントの活況が戻りつつあります。そのことは舞台芸術界で働く者として嬉しいことには違いないのですが、最近の活況は、「地に足の付かない夢」を強く前面に押し出す舞台に多くを頼っているように見えます。地に足の付かない夢、とここで表現した作品群は、それを観ることで自分が変化し成長することよりも、もともと自分の好きなものにいっそう肩入れすることを観客が楽しむタイプの舞台のことです。
そういう作品はわれわれに楽しみの時間を与えてくれる大事なものです。とはいえ、世界の現況に絶望している人々を、(その絶望をいっとき「忘れさせる」のではなく、)希望の方へと引き戻すような舞台は、現実世界の苦さや複雑さをじゅうぶんに踏まえた上で、それでもなお光を灯すという苦闘によってしか生み出されないでしょう。こうした舞台は、その苦さゆえに、市場経済の原理で流通・消費されるのは困難でしょうが、もしも「観るためには観客の側にも努力が要る、集中力やエネルギーが求められる」作品がなくなってしまったら、それは、もし江戸時代に能が滅んで歌舞伎だけになっていたらと考えてみるとわかるように、舞台芸術の土台がやせ細りやがては花も乏しくなる結果をもたらすでしょう。
チェーホフや岡倉天心や安部公房が、きわめて苦い世界観をもちながら、その絶望ギリギリのところで希望を探そうとしていた姿、あくまでも他者との関わりの中で希望を発見しようと格闘していた姿を提供できる機会は、こんにちの日本の市場の状況の中からはなかなか作り出せません。
僕が、ふじのくに⇄せかい演劇祭という仕掛けをSPAC が担い、持続させてゆかねばならない、と考えるのは以上の理由からです。「観る側にもエネルギーが求められる」作品と出会うことは、この世界への自分のスタンスが変わってゆく契機になり、長く続く喜び、生きることの楽しさにつながります。
そして「フェスティバル」という非日常空間でなら、「観る側もエネルギーを出すこと」をためらわず楽しめるはずだし、そういう時空間をこそ作ってゆかねばならないと改めて強く思っています。
ぜひ初夏の非日常時空間に足をお運びください。
2024年3月15日
SPAC芸術総監督 宮城 聰
宮城聰(SPAC芸術総監督)
宮城 聰 MIYAGI Satoshi
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡邊守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から高い評価を得る。2007年4月SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を次々と招聘、またアウトリーチにも力を注ぎ「世界を見る窓」としての劇場運営をおこなっている。17年『アンティゴネ』を仏・アヴィニョン演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演、同演劇祭史上初めてアジアの劇団が開幕を飾った。他の代表作に『王女メデイア』『マハーバーラタ』『ペール・ギュント』など。近年はオペラの演出も手がけ、22年6月に世界的なオペラの祭典、仏・エクサンプロヴァンス音楽祭にて『イドメネオ』、同年12月には独・ベルリン国立歌劇場における初の日本人演出家として『ポントの王ミトリダーテ』を演出し大きな反響を呼んだ。04年第3回朝日舞台芸術賞受賞。05年第2回アサヒビール芸術賞受賞。18年平成29年度第68回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。19年4月フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。23年度第50回国際交流基金賞、ルネサンス・フランセーズ2023受賞。
ふじのくに⇄せかい演劇祭とは
SPAC‐静岡県舞台芸術センターでは、1999年に開催された世界の舞台芸術の祭典「第2回シアター・オリンピックス」の成功を受けて、2000年より「Shizuoka 春の芸術祭」を毎年行い、各国から優れた舞台芸術作品を招聘・紹介してきました。SPACが活動15年目を迎えた2011年からは、名称を「ふじのくに⇄せかい演劇祭」と改め、新たなスタートを切りました。
「ふじのくに⇄せかい演劇祭」という名称には、「ふじのくに(静岡県)と世界は演劇を通して、ダイレクトに繋がっている」というメッセージが込められています。静岡県の文化政策である「演劇の都」構想と連携しながら、世界最先端の演劇はもちろん、ダンス、映像、音楽、優れた古典芸能などを招聘し、静岡で世界中のアーティストが出会い、交流する――そんなダイナミックな「ふじのくにと世界の交流(ふじのくに⇄せかい)」を理念としています。
2020年は、新型コロナウイルス感染症拡大により中止となり、代わりにオンラインの「くものうえ⇅せかい演劇祭」を実施しました。
SPAC-静岡県舞台芸術センター
公益財団法人静岡県舞台芸術センター(Shizuoka Performing Arts Center : SPAC)は、専用の劇場や稽古場を拠点として、俳優、舞台技術・制作スタッフが活動を行う日本で初めての公立文化事業集団であり、舞台芸術作品の創造・上演とともに、優れた舞台芸術の紹介や舞台芸術家の育成を事業目的としています。1997年から初代芸術総監督鈴木忠志のもとで本格的な活動を開始。2007年より宮城聰が芸術総監督に就任し、更に事業を発展させています。演劇の創造、上演、招聘活動以外にも、教育機関としての公共劇場のあり方を重視し、中高生鑑賞事業公演や人材育成事業、アウトリーチ活動などを続けています。13年、全国知事会第6 回先進政策創造会議により、静岡県の SPACへの取り組みが「先進政策大賞」に選出。18年度グッドデザイン賞を受賞、無形の活動が一つのデザインとして高く評価されました。2022年7月に活動開始25周年を迎えました。
スタッフ
芸術総監督 | 宮城聰 |
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事務局長 | 渋谷浩史 |
アドバイザー | 宇佐美稔 |
芸術局長 | 成島洋子 |
制作部 | 大石多佳子(主任)、丹治陽(副主任)、仲村悠希、髙林利衣、米山淳一、内田稔子、坂本彩子、雪岡純、計見葵、西村藍、久我晴子、北堀瑠香、坂中季樹、佐藤美咲、佐藤飛子、永井健二、紅林雅子、岩堀美和子、宮島伸介/春日井一平、濱吉清太朗、赤松直美、佐藤ゆず、鈴林まり、宮城嶋遥加 |
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創作・技術部 | 村松厚志(主任) |
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演出部班 | 秡川幸雄(チーフ)、降矢一美、小川哲郎、杉山悠里、土屋克紀、藤代修平 |
照明班 | 樋口正幸(チーフ)、小早川洋也、花輪有紀 |
音響班 | 澤田百希乃(チーフ)、竹島知里、大朏実莉 |
美術班 | 佐藤洋輔(チーフ)、吉田裕梨、森正吏 |
衣裳班 | 清千草(チーフ)、牧野紗歩、池田佑菜 |
デスク | 内野彰子 |
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文芸部 | 大澤真幸、大岡淳、横山義志 |
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事務局 | 山田玲花、橋本梓、武田明音、渡邉一麻、坂田貞美、村田美由紀、山岡ひとみ |
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運営補助 | SPACシアター・クルー(ボランティア) |
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PR | |
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アートディレクター | 阿部太一(TAICHI ABE DESIGN INC.) |
翻訳 | 田中伸子 |
ウェブサイト | 株式会社メディア・ミックス静岡 |
ビデオ | フリーライディング |
お問い合わせ
SPAC-静岡県舞台芸術センター
〒422-8019 静岡県静岡市駿河区東静岡2丁目3-1
TEL:054-203-5730 FAX:054-203-5732
E-mail:mail@spac.or.jp
[ふじのくに⇄せかい演劇祭2024]
令和6年度日本博2.0事業(委託型)
主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター、独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁
ふじのくに芸術祭共催事業
[ふじのくに野外芸術フェスタ2024静岡]
主催:ふじのくに野外芸術フェスタ実行委員会