メッセージ
自分を育てる養分
食べ物がないと人は死んでしまいますが、心の食べ物がないと精神が飢えてしまうことをコロナ禍で知りました。その「心の食べ物」のメインが文化とか芸術と呼ばれているものでした。
そこでコロナがあけてから、カルチャーの摂取が盛んになりました。舞台芸術界にとってもひとまずほっとする現象でした。
ただ、いつまでもこれでいいのかなと思う状況も生まれました。
それは・・・食べ物には「からだを維持するための栄養」と「からだを育てる(変化させる)ための栄養」があると思うのですが、心の食べ物も全く同じで、「心を維持するための栄養」と「心を育てる(変化させる)ための栄養」があると僕は思うのです。そしてコロナ禍という心の飢餓をしのぐためには「心を維持するための栄養」がなにはともあれ必要だったのは間違いありません。人間らしく生きる、その最低限を維持するために、「自分が好きなものを、なるべくたくさん摂取する」必要がありました。なのでコロナ禍あけの舞台芸術界には「もともと熱心なファンのいる」題材を舞台化するものが目立ちました。「自分が好きなものを、なるべくたくさん摂取したい」人々がいるのですから、それは需要に応える意味でも当然です。
ただ、と僕は思うのですが、あらかじめ自分はこれが好きと知っているものをよりたくさん摂取するのは、心を維持するための栄養であって、心を育てる(変化させる)ための栄養とは違いますよね。自分を安定させるためにまず維持が大切なのはもっともなのですが、維持の次には育てる(変化させる)栄養もまぜてゆくのが、これまで人間の芸術に対する扱い方だったし、それによって、例えば社会全体で「美」とされるものの範囲が広がったり、また、ひとりの人の中でも、初めピンとこなかった作品がやがて響くようになる、という変化が起きたと思うのです。
さらに痛感するのは、最近の日本では、「自分を育てる」という「楽しみ」がどうも忘れられているんじゃないかということです。かたや「変化しないと生き残れないぞ」という脅迫は日本のあちこちから聞こえてきて、そのせいでかえって人々は「自分の心を維持すること」に必死になってしまいますが、変化というのは脅迫されてやるものじゃないでしょう。変化は、楽しいから、できるのではないでしょうか。人生は「ガマンして生きる」には長すぎます。たぶん人生は楽しむべきものであって、それには「自分を育てるという、人生最大の(最長の)楽しみ」を携えるのがいちばんですよね。
自分を育てるための栄養、は、その効果がわかるのにちょっと時間がかかります。この春、SPACで、ぜひ「未来の自分の心の一部分」になる作品と出会っていただければと願っています。
2025年2月18日
SPAC芸術総監督 宮城 聰
宮城聰(SPAC芸術総監督)
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宮城 聰 MIYAGI Satoshi
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡邊守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から高い評価を得る。2007年4月SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を次々と招聘、またアウトリーチにも力を注ぎ「世界を見る窓」としての劇場運営をおこなっている。17年『アンティゴネ』を仏・アヴィニョン演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演、同演劇祭史上初めてアジアの劇団が開幕を飾った。他の代表作に『王女メデイア』『マハーバーラタ』『ペール・ギュント』など。近年はオペラの演出も手がけ、22年6月に世界的なオペラの祭典、仏・エクサン・プロヴァンス音楽祭にて『イドメネオ』、同年12月には独・ベルリン国立歌劇場における初の日本人演出家として『ポントの王ミトリダーテ』を演出し大きな反響を呼んだ。04年第3回朝日舞台芸術賞受賞。05年第2回アサヒビール芸術賞受賞。2018年平成29年度第68回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。19年フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。23年度第50回国際交流基金賞を受賞。
SHIZUOKAせかい演劇祭とは
SHIZUOKAで様々な「せかい」に遭遇する
「せかいとつなぐ(⇄)」から、「せかいがある(=)」へ ー
2025年、SPACは財団設立30周年を迎えます。これまでの活動を通して磨き上げてきた「人」と「技術」を、今後はさらに企業やコミュニティと連携しながら、福祉・観光など地域の活性や課題解決に活用していきます。その最初の取り組みとして、毎年ゴールデンウィークに開催している演劇祭がリニューアル。名称を「ふじのくに⇄せかい演劇祭」から、「SHIZUOKAせかい演劇祭」と改め、演劇が日常に活力をもたらす “ハレの場” となることを目指します。最先端の舞台芸術作品の上演に加え、市街地でも様々なイベントを開催。演劇/役者の魅力がSHIZUOKAの街にあふれます。
SPAC-静岡県舞台芸術センター
公益財団法人静岡県舞台芸術センター(Shizuoka Performing Arts Center : SPAC)は、専用の劇場や稽古場を拠点として、俳優、舞台技術・制作スタッフが活動を行う日本で初めての公立文化事業集団であり、舞台芸術作品の創造・上演とともに、優れた舞台芸術の紹介や舞台芸術家の育成を事業目的としています。1997年から初代芸術総監督鈴木忠志のもとで本格的な活動を開始。2007年より宮城聰が芸術総監督に就任し、更に事業を発展させています。演劇の創造、上演、招聘活動以外にも、教育機関としての公共劇場のあり方を重視し、中高生鑑賞事業公演や人材育成事業、アウトリーチ活動などを続けています。13年、全国知事会第6 回先進政策創造会議により、静岡県の SPACへの取り組みが「先進政策大賞」に選出。18年度グッドデザイン賞を受賞、無形の活動が一つのデザインとして高く評価されました。2025年、SPACは財団設立30周年を迎えます。
お問い合わせ
SPAC-静岡県舞台芸術センター
〒422-8019 静岡県静岡市駿河区東静岡2丁目3-1
TEL:054-203-5730 FAX:054-203-5732
E-mail:mail@spac.or.jp
[SHIZUOKAせかい演劇祭2025]
令和6年度日本博2.0事業(委託型)
主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター、独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁
ふじのくに芸術祭共催事業
[ふじのくに野外芸術フェスタ2025静岡]
主催:ふじのくに野外芸術フェスタ実行委員会
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