横山義志(SPAC文芸部)
私は「ふじのくに⇄せかい演劇祭」で海外招聘を担当しています。演劇祭直前になってしまいましたが、今年の演目をいくつかご紹介していこうと思います。
海外招聘担当として、今年何よりも見てほしいのは『ダマスカス While I Was Waiting』です。シリア内戦の話って、最近ニュースではよく見るでしょうが、政府軍がどうのとか、イスラム国がどうのとか、そんな話ばかりで、シリアの人がふだんどういう生活をしているのか、あんまり想像する機会がありませんよね。私もそうだったのですが、昨年のアヴィニョン演劇祭でこの作品を見て、はじめて「人ごとではない」と思えたのです。
この作品にはクラブでDJをやっている若者が出てきますが、シリアのクラブカルチャーなんて、多くの方は考えてみたこともなかったのではないでしょうか。お隣のレバノンの首都ベイルートに住んでいる人と話していたら、ベイルートからダマスカスまでは車で3時間ちょっとで、すてきな服が安く買えたりするので、よく週末にショッピングに行ったり、踊りに行ったりしていた、と聞きました。ダマスカスにはキリスト教徒などもそれなりに住んでいるので、お酒が飲めるクラブやバーもけっこうあるようです。ダマスカスのナイトライフについて昨年取材した、こんな記事もありました(下のリンク、英語ですが、写真がたくさんあります)。
アヴィニョンでこの作品を観たあと、演出家のオマル・アブーサアダと少しお話しすることができました。「今もダマスカスに住んでいる」と聞いてちょっと驚いて、「ダマスカスって、今でも演劇ができる状況なんですか?」と聞いてみたら、「ダマスカスに帰ったらよく眠れるんですよ。しょっちゅう電気が止まるので(笑)」とのこと。かつて一緒にダマスカスで芝居をしていた仲間たちの多くは国を出ていってしまったのですが、それでも多くの友達や家族が残っているので、ダマスカスに住みつづけることを決めたといいます。
出演者やスタッフには、今はドイツやフランスやエジプトなど、他の国に住んでる人も少なくありません。オマルも、最近はヨーロッパや中東の別の国での仕事がほとんどで、仕事や日々の生活のことだけを考えたら、国を出て行った方が都合がいいのかも知れません。今はダマスカスの各国大使館や空港も閉鎖されてしまっているので、ビザを取るにも、飛行機に乗るにも、ベイルートまで行く必要があるのです。それにダマスカス~ベイルート間の道は、作品のなかでも何度か話に出てきますが、必ずしも安全ではないようです。
シリア内戦を背景にした作品はいくつか見てきましたが、この作品が心に残ったのは、ダマスカスに住みつづけている人たちの視点から書かれているからです。オマルによれば、ダマスカスには今でも500万人が住んでいるといいます。内戦前の人口も約500万人でした。これだけあちこちに難民が流出しているというのに不思議ですよね。どうも国内の避難民がダマスカスに集まってきているらしいのです。アレッポなどの他の地域に比べれば、ダマスカスは政府軍がいる分、比較的安全だからだといいます。
2011年には、ふつうの学生だったり、会社員だったり、クラブで遊んでいたりしていた若者たちが、いくつかの事件をきっかけに、政府を批判するデモに参加して、ストリートに出て行ったんですね。「アラブの春」と呼ばれたこの時期、アラブ諸国でいくつかの独裁政権が市民による運動などによって倒れていきました。シリアのアサド政権は、反対勢力を力で徹底的にねじふせようとしました。そして政府側も反政府側も外国の軍の支援を受けるようになり、内戦どころか、シリアは世界中の武器の実験場のようになっていきます。そのなかで、運動に参加した若者たちは、武装して反政府勢力に加わるか、危険をかえりみずに言論活動を続けるか、あるいは身をひそめるか、決断を迫られていきます。
実際にこの状況を経験してきたシリアの人たちが、私たちの前で、自分たちの友人をモデルにした物語を演じてくれているのを見て、こういうとき自分だったらどうするのかな、とすごく考えさせられました。
今年7月にはニューヨークのリンカーン・センターでも公演が予定されていますが、アメリカの新政権による入国制限で、出演者やスタッフが入国できない可能性も出てきていると聞きます。静岡公演については、今のところ、なんとかビザ取得の手続きが進んでいるようです。貴重な機会になると思いますので、ぜひ足をお運びください。
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ダマスカス While I Was Waiting
演出:オマル・アブーサアダ / 作:ムハンマド・アル=アッタール
5月3日(水・祝)14:30開演、5月4日(木・祝)13:00開演
静岡芸術劇場
詳細は こちら
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