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傷つけ合ったあとに、共に生きる道を見つけること ~『ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ』について~ (横山義志)

SPAC文芸部 横山義志

1990年代、アパルトヘイトの撤廃を目指す黒人たちの運動が全国に拡がり、南アフリカ政府は追い詰められていた。アパルトヘイト政策が施行されたのは1948年だった。この年から半世紀以上にわたって政権を握っていたのは、アフリカ生まれのオランダ系移民の末裔たち(「アフリカーナー」)を主な支持者層とする国民党だった。「アパルトヘイト」とは、このアフリカーナーたちの言語であるアフリカーンス語で、「隔離」を意味している。つまり、白人と黒人を隔離して、別々に生活しよう、というのがこの「人種隔離政策」の趣旨だった。文化も言葉も違うのだから、一緒に暮らしてもうまくいかない。ならば暮らす場所を分けた方が平和に暮らせるのではないか、という発想だ。都市は基本的に白人のためのものになった。そして黒人たちには「バントゥースタン」と呼ばれる不便な土地が与えられた(実際には都市部でも黒人の労働力が必要とされたため、都市近郊に移住させられたりもしたが)。この「バントゥースタン」は形式上は「独立国」となり、名目上の「自治権」が与えられた。そのかわり、南アフリカ共和国の国政からは完全に排除された。黒人には部族語での教育が奨励された。だが、政治も司法も行政もビジネスもアフリカーンス語や英語で行われているので、ほとんどの黒人はそこに関わることはできなかった。

黒人たちが立ち上がったとき、多くの人々が内戦を予感した。軍も警察も白人が握っていたが、白人は人口の15%程度に過ぎない。国民党がアパルトヘイトの撤廃を受け入れたのは、このままでは「海に投げ込まれる」、という恐怖を感じていたからだ。実際、近隣諸国では白人排斥の動きもあった。だが、27年間を牢獄で過ごしたネルソン・マンデラ率いるアフリカ民族会議(ANC)は、黒人のための南アフリカではなく、全ての人種が平等に共存する国を提案した。そして1994年にアパルトヘイトが撤廃され、ANCが政権についたとき、新政権は支持者たちからの少なからぬ反対を押し切って、「真実和解委員会」の設置を決めた。これは、アパルトヘイト体制下で行われた犯罪行為について、この委員会で真実を告白すれば裁判での訴追を免れる、という驚くべき制度だった。当然、親族や友人を殺され、自らも傷つけられた人々には受け入れがたいものだった。だが、この委員会で加害者と被害者が向き合い、過去を見つめなおしたことで、南アフリカ共和国は多数の民族が共存する「虹の国」として生まれ変わった。

これは「劇場型」の解決だった、とも言われる。かつての有力者の証言がテレビやラジオで全国放送され、多くの国民が固唾を呑みながら、そこで何が語られるかを見守っていた。軍や警察や民兵による、あらゆる法手続を無視した拷問や虐殺が、きわめて具体的に語られた。こういった事件に関する証拠の多くは、反アパルトヘイト運動の高まりのなかで、すでに隠滅されていた。裁判をしていたら決して語られなかったようなことが、公衆の面前で語られることになった。今回上演される『ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ』は、この「真実和解委員会」をテーマにしている。主人公のユビュ親父は、アパルトヘイト体制のなかで、多くの犯罪的行為に手を染めていたらしい。逃げ回ったのちに、ついに証言台に立たされるが、なかなか真実を言い出すことはできない。この作品が初演されたのは、まだこの委員会の審議が進行中だった1997年のことだった。

ウィリアム・ケントリッジは南アフリカを代表する演出家の一人でもあるが、日本では2009年に京都などで大規模な個展があったので、むしろヴィジュアルアーティストとして知られている。膨大な数の手書きデッサンを使ったアニメーションが有名だが、この『ユビュ王』でもケントリッジ作のアニメーションが使われている。そして、アフリカ大陸を代表する人形劇団の一つであるハンドスプリング・パペット・カンパニーが、大胆な想像力と繊細な技術によって作られた人形を操作している。悪夢のような出来事が、アニメーションや動物の人形を使って、ユーモラスに語られ、歌いあげられる。

傷ついた人は、自分を傷つけた人を、どうすれば赦すことができるのか。不幸な過去を清算し、共に生きる新たな道を見出すことは可能なのか。南アフリカ人たちが多くの犠牲を払って見出した知恵は、今の日本でも必要とされているものなのかも知れない。

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『ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ』
演出 ウィリアム・ケントリッジ
5月3日(火・祝)13:00/4日(水・祝)14:00
静岡芸術劇場
☆公演の詳細はこちら
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