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『夢と錯乱』ふたたび光を見出すためには、一度死を経験しなければならないときもある

SPAC文芸部 横山義志

『夢と錯乱』は最後の作品になる、と演出家クロード・レジは言っています。もうこの先、自分が納得のいく作品は作れないだろうから、と。レジさんは今94歳。もうすぐ95歳になります。

個人的な話になりますが、フランスに留学していたころ、毎年レジさんの作品を観に行くときだけは、とにかくその瞬間に集中できるように、一週間前から生活のリズムと体調を整えて、なるべく一人で、一時間前には劇場に着くようにしていました。そして終わったら、なるべく人に会わないように劇場を出て、余韻を持ち帰ろうとしたものでした。

はじめてレジさんの作品を観たときの衝撃は、今でもよく憶えています。ほとんど生理的に耐えがたいような経験でした。でも、この経験は自分のうちの何かを開いてくれるものだ、という直観がありました。この経験を受けとめられるようになれば、何か違うものが見えてくるのではないか、と感じたのだと思います。舞台作品を見て、この作品を受け止められるような人間になりたい、と思ったのは、これが初めてだったかもしれません。

全てが溶けてしまったような、まったくの暗闇がつづき、時間がどれくらい経ったのかも分からなくなる頃、ぼんやりと、少しずつ、人影が見えてきます。ベンチに座った男女、と気づくまで、何分かかったのかも分かりません。全く動かない人影。よく見ると、少しずつ口を開いているようです。男が本当に小さな声でつぶやくのが、大きな地響きのようにすら感じました。ヨン・フォッセ作『誰か、来る』という作品で、1999年のことでした。

それ以来、レジさんの作品を日本で紹介するのが、私の夢のようなものになっていました。落ち着きのないフランスの観客よりも、日本の観客の方が、このレジさんの世界を受けとめてくれるのではないか、という気もしていました。とりわけ、これから作品を作っていく世代に、こんな世界もありうる、ということを体感してもらいたいと思っていました。

それから、いろいろな偶然が重なって、2007年からSPACで働かせていただくことになりました。レジさんの作品に出会っていなかったら、現場で働くことを選んでいなかったかも知れません。でも、実際に劇場で働く側になってみると、こんな作品を上演するのがいかにリスキーなことかも分かってきました。

2009年のアヴィニョン演劇祭でレジ演出、フェルナンド・ペソア作『海の讃歌』を観たあと、一緒に観た宮城さんと制作スタッフと三人で、夜中の3時くらいまで、この作品を招聘することがありうるか、延々と議論して、結局「やっぱり無理じゃないか」という結論に至りました。男が一人、ほとんど暗闇のなかで、一歩も動かず、二時間ペソアの詩を語りつづける、という作品でした。そのときは、たしかに無理かもな、と思って、諦めていました。それから紆余曲折あって、2010年の演劇祭で上演できることになりました。その初日、水を打ったように静かな楕円堂の客席から、終演後一呼吸、二呼吸置いて、割れるような拍手が響いたときには、本当にこの劇場で働いていてよかった、と思いました。お客さんはもちろんですが、こんな作品を好きになってくれるスタッフがこれだけいる劇場というのも、世界中探しても、なかなかないでしょう。それに、日本平の山のなかで、舞台芸術公園の木立の下を一番奥まで歩いて、さらに地下に降りていかないとたどりつけない楕円堂ほど、この作品にふさわしい劇場はなかなか見つからなかったと思います。

それから、まさかレジさんと一緒に作品を作れることになるとは思いませんでした。レジさんが楕円堂でSPACの俳優とともに作り上げたメーテルリンク作『室内』は、2014年に初演されてから、アヴィニョン演劇祭、フェスティバル・ドートンヌ(パリ)、ウィーン芸術週間、クンステン・フェスティバル・デ・ザール(ベルギー、ブリュッセル)、アジア芸術劇場オープニング・フェスティバル(韓国、光州)、神奈川芸術劇場と世界各地で上演されました。作品のために最良の環境を求めて、なかなかフランスの外に出ようとしなかったレジさんが、日本平で作品を作ったことをきっかけに、これだけあちこちに足を運んでくれたのも、とてもうれしく思いました。フランス演劇の極北ともいえる歴史が、こうしてアジアとつながったのも。

レジさんはフランス演劇史のなかで最もクレイジーな演出家の一人、アントナン・アルトーの弟弟子でもあります。二人とも、シャルル・デュランという戦前のフランス演劇を代表する演出家の一人に師事していました。レジさんがパリの劇場で仕事をはじめたころ、劇場には馬小屋があって、デュランは馬で通っていたといいます。その後演出家として独立してからは、古典戯曲の読み直しによる再演が主流のフランス演劇界にあって珍しく、現代作家による新作を中心に演出活動をつづけてきました。マルグリット・デュラスやナタリー・サロートなどのフランスの作家だけでなく、イギリスのハロルド・ピンターやサラ・ケーン、ドイツのボート・シュトラウスやオーストリアのペーター・ハントケ、ノルウェーのヨン・フォッセやタリエイ・ヴェースオースなど、レジの演出によってフランスで知られるようになった作家は少なくありません。

レジさんがゲオルク・トラークルの詩『夢と錯乱』に興味を持っているという話は、もう何年も前から聞いていました。他にもいくつか、やりたい作品を考えていらしたようで、まさかこの作品が最後になるとは思いませんでした。最後の作品として、若くしてほとんど無名のうちに亡くなった、このかなりパンクな詩人の作品を選んだのは、レジさんらしいという気もします。

ヤン写真(プレス発表会)

3月15日の記者会見には、香港公演を終えた俳優のヤン・ブードーさんが駆けつけてくれました。ヤンさんは「テクストには書かれていることと、書かれていないことがあります。詩人が言葉にできたことと、言葉にできなかったこと、あるいはあえてそうしなかったこと。その両方を、俳優はその身体を通じて、感じとることができなければならないのです」とおっしゃっていました。

トラークルが死の数ヶ月前に書いた、日本語で10ページにも満たない詩のなかには、27年の短い生涯の中で、詩人が感じた苦悩と歓喜とが凝縮されています。ヤンさんは「ふたたび光を見出すためには、一度死を経験しなければならないときもある」ともおっしゃっていました。一度は俳優をやめて農業をやっていたことがあるヤンさんにも、そんな時期があったのかも知れません。レジさんの作品もトラークルの詩も、観てから時間をおいて、人生の節目で脳裡に蘇ってくるような、ちょっと時限爆弾のような作品だと思います。

レジさんの作品には録画はなく、劇場でしか体験できません。楕円堂での公演はあっという間に満席となってしまいましたが、まだキャンセル待ちもございますし、京都公演もあります。観ないといけないような気がしてきた方は、なんとかぜひ試してみてください。

 

 

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『夢と錯乱』
演出:クロード・レジ
作:ゲオルク・トラークル
仏語訳:ジャン=クロード・シュネデール、マルク・プティ(ガリマール社)
出演:ヤン・ブードー
製作:アトリエ・コンタンポラン

4月28日(土)16:00開演、20:30開演、29日(日)16:00開演、30日(月・祝)20:30開演
舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」
*詳細はこちら

*京都公演(5月5日、6日)についてはこちらご参照ください。
ドキュメンタリー映画『クロード・レジ:世界の火傷』の上映(4月21日)もございます。

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●不定期連載 クロード・レジがやってきた(1)~(6)/横山義志(2013年、『室内』クリエーションに向けて)
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